基本熟語の一つである after all。「結局」という訳で覚えている人が多いと思いますが、長文の中で出てきたときに「結局」と訳してみて「なんか変だなぁ」「しっくり来ないなぁ」と感じた経験はないでしょうか?辞書を調べてみると、いろいろな説明が書いてありますが、その説明は分かりにくいもの多く、厄介な表現であることは間違いありません。ここでは、after all の本当の意味・使い方を深く掘り下げてご紹介します。
after all は、シンプルに以下の2つの意味で理解することをオススメします。
- [予想に反して] 結局、やはり
- [理由] というのは…だから[=for](※文頭が多い)
after all の意味1:[予想に反して] 結局、やはり
多くの人にとって馴染みがある「結局」の after all がこちらです。
- [予想に反して] 結局、やはり
ただし、まずここで一つ注意が必要です。「結局」という日本語は「単に物事があれこれあった結果」を表すことがありますが、その意味での「結局」は、英語では after all ではなくfinally を使います。
- It was a very difficult decision, but finally [
after all] I decided to take a chance.
(それは非常に難しい判断だったが、結局やってみることにした) - After a long argument, they finally [
after all] came to terms.
(長い議論の末、彼らは結局折り合いがついた)
これに対して、after all は「何らかの予想に反した結果の『結局』」を表します。
- I thought he was going to fail the exam, but he passed after all.
(私は彼は試験に落ちると思ったが、(その予想に反して)結局受かった) - Her kind intentions turned out harmful after all.
(彼女の親切心は(良い結果になることが予想されたが、その予想に反して)結局悪い結果になった) - I had another appointment, but I decided to go to the party after all.
(私は別の約束があった。しかし(その予定に反して)結局[やはり]パーティーに行くことに決めた) - I’m sorry. I can’t go with you after all.
(すみません。(当初は行けると思ったのですが)やはり[結局]行けません)
上の例を見て分かるように、この意味の after all では「やはり(やっぱり)」という訳語がうまく当てはまる場合もあります。特に最後の例文では、「結局」よりも「やはり」の方がしっくり来るのではないでしょうか。ただし、日本語の「やはり」もまた微妙な言葉で、本来は「予想に反して」ではなく、むしろ「予想通り、案の定」を表すので、それはそれで注意が必要です。結論としては、この意味の after all は、とにかく「予想に反して」を表すということを覚えておいて、状況に応じて「結局」と「やはり」を使い分けるのがよいでしょう。
after all の意味2:[理由] というのは…だから[=for]
一方、あまり知られていない重要な意味がこちらです。
- [理由] というのは…だから[=for](※文頭が多い)
- It’s not surprising you are sick. After all, you’ve drunk three bottles already.
(気持ち悪いのは当然だよ。というのは、あなたはもうボトル3本も飲んだのだから) - You can’t expect to be perfect – after all, it was only your first lesson.
(完璧であろうと思うな。というのは、まだ初回のレッスンなのだから) - I’m not really ambitious. After all, money isn’t everything.
(私はそんなに野心はない。というのは、金が全てではないからだ)
この意味の after all は「判断の根拠」、簡単に言えば「理由」を表します。等位接続詞の for(というのは~だからだ)とほぼ同じと考えてください。
辞書を見ると、この意味の after all には他にもさまざまな訳語が記載されています。例えば「だって~なのだから」「なにしろ~なのだから」「どうせ~なのだから」等です。細かいことを言えば、例文によって適切な訳語は変わってきますが、あまり多くの訳語を覚えるのも大変ですので、ここでは例文の訳はあえて「というのは~だから」に統一しました。これ一つ覚えておけば十分です。
私の経験上、英語の文章、特に入試問題の長文で見かける after all は、ほとんどの場合この意味です。after all を見かけたら、「結局」ではなく、まずは「というのは~だから(理由)」の意味ではないか?と考える習慣をつけてください。つまり、after all を挟んだ前後の文の間には因果関係があるのです。読解において、因果関係の理解が重要であることは言うまでもありませんね。尚、この意味の after all は文頭に来ることが多いので、見分ける目安にしてください。
実際の入試問題の例をご紹介します。以下は武蔵大学の入試問題の一節です
- It is natural that “Americanization” will take place. By the time an immigrant group is in its second and third generation in the Unites States, it often places less emphasis on its traditional culture. After all, everyone in the United States is exposed to the same political system, and perhaps, most importantly the same mass media.
「アメリカ化」が起きるのは自然なことだ。移民集団がアメリカ国内で二世、三世になる頃には、彼らは自分の伝統文化に重きをあまり置かなくなる。というのは、アメリカにいる誰もが、同じ政治システムと経済システムにさらされ、またおそらく最も重要なことだが、同じマスメディアにさらされているからだ。
まず第一文で「『アメリカ化』が起きる」という筆者の主張が述べられ、第二文では、その裏返し的な言い換えとして「移民は次第に自分の伝統文化に重きを置かなくなる」と述べられています。しかし、この時点では、この主張の根拠が明らかでなく、この主張には若干の唐突感があります。よって、その次の文 After all ~で「同じ政治システム、経済システム、マスメディアにさらされている」、その主張の根拠を述べているのが分かるでしょう。試しにこの After all を「結局」と訳してみてください。前後のつながりがぼやけてしまいます。
以下は東京理科大の入試問題の一節です。
- Two other powerful ideas follow from it. The first is that we are strangers to ourselves. After all, if we knew our own minds, why would we need to guess what our preferences are from our behavior? If our minds were an open book, we would know exactly how honest we are and how much we like lattes. Instead, we often need to look to our behavior to figure out who we are.
そこから二つの説得力のある考えが導かれる。まず一つは、人間は自分自身のことをよく分かってないということだ。というのは、もし自分の心を分かっているなら、なぜ人間は自分の行動から自分の好みを推測する必要があるのであろうか?もし人間の心が明白なら、自分がどれだけ正直で、自分がどれだけカフェラテを好きなのか、正確に分かるだろう。しかし実際はそうではなく、我々は自分が何者であるのかを見つけ出すために、自分の行動に目を向ける必要があるのだ。
「人間は自分自身のことをよく分かってないという」という筆者の主張に対して、After all ~ の文「もし自分自身のことを本当に分かっているなら、なぜ推測する必要があるのか」がその根拠になっています。仮定法なので少し分かりにくいですが、実際に言いたいことはその裏返し、つまり「実際は自分のことを分かっていないので、自分自身のことを推測している」ということです。ちなみにこの後の二つの文はいずれもこの文の言い換えになっていて、特に Instead ~ の文は、仮定法の裏(実際)の意味が直接的に述べられています。
この After all が設問として問われることもあります。以下は慶應大(総合政策・2019年)の入試問題です。
- To test this, we ran a final experiment in which we asked volunteers to read about different scientific studies, and decide which were ethical and which were unethical. We were skeptical that we would find the same inconsistencies in these kinds of judgments that we did with colors and threat. Why? Because moral judgement, we suspected, would be more consistent across time than other kinds of judgement. (1. After all 2. Before long 3. In retrospect), if you think violence is wrong today, you should still think it is wrong tomorrow, regardless of how much or how little violence you see that day. But surprisingly, we found the same pattern. As we showed people fewer and fewer unethical studies over time, they started calling a wider range of studies unethical. In other words, just because they were reading about fewer unethical studies, they became harsher judges of what counted as ethical.
このことをテストするための最後の実験として、ボランティアたちに異なる科学論文を読んでもらい、どれが倫理的でどれが倫理的でないかを判断してもらった。我々は、色や脅威について行ったこの種の判断と同様の矛盾を見出すことには懐疑的であった。なぜか?それは、道徳的な判断は他の判断と比べ、時代を問わず一貫していると我々は考えていたからだ。というのも、もし誰かが今日「暴力が間違っている」と思うなら、翌日も、暴力を目にしようがしまいが、同じように思うはずだからだ。しかし、驚くべきことに我々は同じパターンを見出した。我々が被験者に見せる非倫理的な論文をだんだん少なくしていくにつれ、被験者はより広い範囲の論文を非倫理的と考え始めた。言い換えると、被験者は、より少ない非倫理的な論文を読んでいるというただそれだけの理由で、倫理的か否かの判断について厳しくなったのだ
「道徳的な判断は他の判断と比べ、時代を問わず一貫している」という筆者の考えに対して、After all ~ の文「『暴力が間違っている』という考えは今日も明日も変わらない」という予想がその根拠になっています。
まとめ
after all をやみくもに「結局」と訳すのは絶対に止めましょう。after all を見かけたら、まずは以下の意味であることを予想してください。
- [理由] というのは…だから[=for](※文頭が多い)
after all の前後の文には因果関係があります。大学入試の長文で目にするのはほとんどの場合この意味です。
もしそうではないと思ったときはじめて、以下の意味を考えてみてください。
- [予想に反して] 結局、やはり
この場合も、ただ単に物事があれこれあった結果の「結局」ではなく(※その場合は finally)、予想に反した結果の「結局」あることに注意してください。
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